パリオリンピックのレスリング女子76kg級で金メダルを獲得し、日本女子最重量級で初の快挙を成し遂げた鏡優翔(かがみ ゆうか)選手。
競技での活躍はもちろんですが、その裏で長年支えてきた家族にも注目が集まっています。
実は鏡選手は父親や兄の影響でレスリングを始めており、幼い頃から家族とともに夢を追い続けてきました。
この記事では、鏡優翔選手の家族構成や父親・母親・兄とのエピソード、祖父との心温まる関係について紹介します。
鏡優翔の家族構成
鏡優翔選手の家族構成は以下の通りです。
- 父:師博(のりひろ)さん
- 母:ひとみさん
- 兄:隼翔(はやと)さん
- 本人:鏡優翔さん
また、鏡選手は祖父母とも非常に仲が良く、特に「ジジ」と呼んで慕っていた祖父とのエピソードは多くの人の心を打ちました。
パリオリンピックの金メダル獲得後には、家族のもとへ真っ先に駆け寄り喜びを分かち合う姿も話題となりました。
出典:Instagram yuuuuuuuuka_0914
父親はレスリング経験者
鏡選手がレスリングを始めたきっかけのひとつが父親の存在でした。
父・師博さんはレスリング経験者で、兄の隼翔さんも競技に取り組んでいたことから、鏡選手も自然とレスリングに親しむ環境で育ったそうです。
小学生の頃には父親が考えたトレーニングメニューが毎日のように課されていました。
腕立て伏せや腹筋、背筋だけでなく、メディシンボールを使った練習やレスリングの組み手など、自宅でも本格的なトレーニングを行っていたといいます。
当時は厳しすぎると感じることもあったそうで、兄と協力して少しでも楽をする方法を考えていたこともあったのだとか。
父親が帰宅する前に水をかぶって汗をかいたように見せるなど、微笑ましい“作戦”を実行していたエピソードも残っています。
しかし鏡選手は後に、
「今となってはありがたかった」
と振り返っています。
幼い頃から積み重ねた努力が、オリンピック金メダルという大きな結果につながったのかもしれませんね。
父・師博さんは自衛官として勤務していました。
仕事で忙しい中でも子どもたちの競技を支え続け、自宅ではトレーニングメニューを考えるなど、レスリングに真剣に向き合っていたそうです。
鏡選手がオリンピック金メダルを獲得した際には、「本当にうれしい」と喜びを語っており、長年娘を支えてきた父親として感慨もひとしおだったことでしょう。
母親はいつも温かく見守る存在
母・ひとみさんは、鏡選手を温かく支え続けてきた存在です。
鏡選手は3970グラムの大きな赤ちゃんとして誕生したそうで、ひとみさんは当時のことを今でも覚えていると語っています。
幼い頃の鏡選手はとても活発な子どもだったそうです。
ラグビーの合宿では、周囲が女の子だと気付かないほど元気いっぱいに走り回っていたというエピソードも紹介されています。
また、中学時代にJOCエリートアカデミー入りのため親元を離れた際には、母親として心を痛めたこともあったそうです。
転校先で孤立気味になり、卒業式でも写真を撮らずに帰ろうとした娘の姿を見て、
「親としても一番つらかった」
と振り返っています。
明るい笑顔が印象的な鏡選手ですが、その裏ではさまざまな苦労を乗り越えてきたことがわかりますね。
兄・隼翔さんもレスリング経験者
3歳年上の兄・隼翔さんもレスリング経験者です。
鏡選手が競技を始めるきっかけになった存在のひとりであり、幼い頃から一緒に練習に励んできました。
父親の厳しいトレーニングを受けながら育った兄妹は、時には協力して“乗り切る方法”を考えることもあったそうです。
そうした時間を共有してきたからこそ、強い絆が生まれたのかもしれません。
パリオリンピックでは家族とともに現地で応援し、妹の金メダル獲得を見届けました。
試合後には、
「何十時間、何百時間、何千時間という努力を知っているので報われて本当にうれしい」
と語っています。
長年近くで努力を見てきた兄だからこその言葉ですよね。
愛鳥「パリくん」も鏡優翔を支えた存在
鏡選手を支えていたのは家族だけではありません。
実は愛鳥のインコ「パリくん」も大切な存在だったそうです。
パリオリンピックを前に飼い始めたことから「パリくん」と名付けられ、毎朝鏡選手が「パリ、おはよう」と声をかけると、「パリ金」と返事をしてくれたのだとか。
練習へ行くのが憂うつな日でも、その言葉を聞くと「よし、頑張ろう」と前向きな気持ちになれたそうです。
パリオリンピックで金メダルを獲得した後のインタビューでも、鏡選手は力の源を聞かれ「パリくん」と答えていました。
家族や仲間だけでなく、愛鳥からも元気をもらいながら夢の舞台へ挑んでいたのですね。
「ジジ」と呼んで慕った祖父とのエピソード
鏡選手は祖父・政博さんとも深い絆で結ばれていました。
幼い頃は共働きだった両親に代わり、祖父が保育園のお迎えに来てくれることも多かったそうです。
一緒に山菜採りや山登りへ出かけたり、帰り道に冗談を言い合ったりと、たくさんの思い出を作ってきました。
祖父は難病を患っていましたが、鏡選手の試合をいつも楽しみにしていたそうです。
東京五輪出場を逃した際には、
「優ちゃんなら次のパリは大丈夫」
と励ましの言葉をかけてくれました。
残念ながら祖父はパリオリンピック前に亡くなりましたが、鏡選手は試合会場に祖父の遺骨や記念コインを持参していました。
そして金メダル獲得後には、祖父の遺影を掲げながら喜びを分かち合う姿も話題になりました。
まさに祖父と一緒につかんだ金メダルだったのかもしれません。
また、祖母のチエ子さんも鏡選手を長年応援してきた大切な存在です。
パリオリンピックの決勝では、亡くなった祖父・政博さんの遺影を手に試合を見守っていました。
金メダル獲得後には、「おじいちゃんも喜んでいると思う」と語っており、家族みんなで悲願の快挙を喜ぶ姿が大きな話題となりました。
パリ五輪で見せた家族の応援が話題に
パリオリンピックでは家族の応援スタイルも大きな注目を集めました。
父親は顔に「父」、兄は顔に「兄」とペイントし、家族全員が鏡選手の大好きなひまわりを取り入れたコーディネートで応援。
会場では「かわいい!」と大声援を送り続けていたそうです。
金メダルが決まった瞬間、鏡選手は真っ先に家族のもとへ駆け寄り、一緒に喜びを分かち合いました。
競技人生を支えてきた家族にとっても、特別な瞬間だったのでしょうね。

さいごに
鏡優翔選手は、父・母・兄、そして祖父母に支えられながら成長してきました。
父親の厳しい指導、母親の温かい見守り、兄との絆、そして祖父からの応援。
そうした家族の支えがあったからこそ、日本女子レスリング最重量級初の金メダルという偉業につながったのかもしれません。
今後も鏡選手の活躍とともに、温かい家族とのエピソードにも注目していきたいですね。

