パリオリンピックのレスリング女子76kg級で金メダルを獲得し、一躍注目を集めた鏡優翔(かがみ ゆうか)選手。
日本女子レスリング最重量級では初となる金メダル獲得という快挙だけでなく、明るいキャラクターや「カワイイ」と書かれたマウスピースでも話題になりました。
そんな鏡選手について、「どんな学校に通っていたの?」「レスリングを始めたきっかけは?」と気になる人も多いようです。
この記事では、鏡優翔選手の小学校から大学までの学歴や、レスリングとの出会い、これまでの歩みについて紹介します。
鏡優翔のプロフィール
名前:鏡 優翔(かがみ ゆうか)
生年月日:2001年9月14日
出身地:山形県山形市
身長:167cm
競技:レスリング女子76kg級
所属:サントリービバレッジソリューション
2024年パリオリンピックで女子76kg級の金メダルを獲得。日本女子レスリング最重量級では史上初となる快挙を成し遂げました!
小学校は宇都宮市立雀宮南小学校
鏡選手は山形県山形市で生まれましたが、小学校入学のタイミングで家族とともに栃木県宇都宮市へ移りました。
通っていた小学校は宇都宮市立雀宮南小学校です。
小学生時代はレスリングだけでなく、陸上やラグビーにも取り組んでいました。
ラグビーではタックル技術を学び、陸上では体力づくりに励んでいたそうです。
ラグビー経験は、現在の“攻めるレスリング”にもつながっているようです。
レスリングでは地元クラブ「下野サンダーキッズ」に所属し、全国少年少女レスリング選手権で小学3年生から6年生まで4連覇を達成。
すでに全国トップレベルの実力を持つ選手として知られる存在になっていました。

小学生の頃からすごい才能だね☆
中学校は雀宮中学校とJOCエリートアカデミー
鏡選手は宇都宮市立雀宮中学校に進学しました。
中学1年生で全国中学生レスリング選手権準優勝という好成績を収めるなど、早くから将来を期待される存在だったようです。
そして中学3年生になると、将来のオリンピック選手育成を目的とした「JOCエリートアカデミー」に入校します。
競技力だけでなく、人間力や生活力も磨く国内有数の育成機関で、全国から集まるトップアスリートたちと切磋琢磨する環境に身を置くことになりました。
この上京が鏡選手にとって大きな転機だったようです。
本人も後に「オリンピックが夢から明確な目標へ変わった時期だった」と振り返っています。
全国レベルだった視野が世界へと広がり、本気でオリンピックを目指す道を歩み始めました。
高校は帝京高校
JOCエリートアカデミー所属後は帝京高校へ進学しました。そこで鏡選手はさらに才能を開花させます。
帝京高校はスポーツの強豪校として知られていますが、鏡選手は高校時代に一気に世界レベルの選手へと成長していきます。
高校時代の主な実績はこちらです。
- インターハイ3連覇
- 世界カデット選手権優勝
- 世界ジュニア選手権優勝
- 全日本選手権優勝
高校1年生で世界カデット選手権を制すると、その後も国内外の大会で次々と結果を残しました。
インターハイでは3連覇を達成し、高校女子レスリング界を代表する存在として活躍。さらに世界ジュニア選手権優勝や全日本選手権優勝など、高校生とは思えない実績を積み重ねています。
特に注目されたのは、高校2年生で全日本選手権を制したことです。
全日本選手権は社会人や大学生、日本代表クラスの選手も出場する国内最高峰の大会です。その舞台で優勝したことは、鏡選手の実力がすでにシニアレベルに到達していたことを示していました。
また、2018年のユースオリンピックでは日本選手団の旗手も務めています。
競技力だけでなく、人柄やリーダーシップも評価されていたことがわかりますね。
高校時代はまさに飛躍の時期だったと言えるでしょう。
全国大会で勝つことだけでなく、世界大会でも結果を残し始めたことで、「将来オリンピックで金メダルを獲る選手」として期待される存在になっていきました。

大活躍の高校時代!
大学は東洋大学
高校卒業後は東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科へ進学しました。
鏡選手は高校時代から多くの進学先の選択肢がありましたが、実際に東洋大学レスリング部の練習へ参加した際の雰囲気や環境に魅力を感じ、進学を決めたそうです。
本人によると、東洋大学は自分らしさを大切にしながら競技に打ち込める環境だったといいます。
厳しい競技生活を送りながらも、自主性を尊重してくれる校風に惹かれたことが大きな決め手になったようです。
大学生活は決して楽なものではありませんでした。
午前中はトレーニング、午後は授業、夕方から再び練習という日々を送り、学業と競技を両立していました。
オリンピック候補選手だからといって特別扱いされるわけではなく、授業への出席や単位取得にも真剣に取り組んでいたそうです。
そんな大学時代に大きな転機となったのが、前田翔吾コーチとの出会いでした。
それまで感覚的に行っていたレスリングを理論的に分析するようになり、「なぜ技が決まるのか」「どうすれば得点につながるのか」を深く考えるようになったといいます。
さらに、国内では女子最重量級の選手が少ないことから、男子選手とも積極的に練習を重ねました。
パワーやスピードで勝る相手と日々向き合った経験が、世界の舞台でも戦える大きな自信につながったそうです。
大学3年時には大胸筋の手術という大きな試練も経験しましたが、それを乗り越えて2023年の世界選手権で優勝。パリオリンピック代表の座を勝ち取りました。
鏡選手は東洋大学での4年間について、
「今までの人生で一番レスリングを楽しめた4年間だった」
と振り返っています。
仲間や指導者との出会いに恵まれた大学生活は、競技人生の中でも特別な時間だったようですね。
大学院へ進学し文武両道を継続、会社も設立!
2024年に東洋大学を卒業した後は、サントリービバレッジソリューションへ入社。
さらに2026年4月には東洋大学大学院へ進学したことを発表し、、競技と学業を両立しています。
パリオリンピックで金メダルを獲得した後も学びを続ける姿勢は、多くの人から称賛されています。
将来的にはスポーツの持つ力や社会的な価値について研究し、競技普及にも貢献したいという思いを持っているようです。
また、鏡選手は競技活動だけでなく新たな挑戦も始めています。
2024年には株式会社KAWAIIを設立し、代表取締役に就任しました。

選手に、学生に、社長。すごくパワフルと話題になっているね!
会社設立には、レスリングやスポーツの魅力をより多くの人に伝えたいという思いがあるそうです。
オリンピック金メダリストとしてだけでなく、今後は経営者としての活躍にも注目が集まりそうですね。
鏡優翔がレスリングを始めたきっかけ
鏡選手がレスリングを始めたのは小学1年生の頃です。
もともと父親がレスリング経験者で、3歳年上の兄も先にレスリングを習っていました。
ある日、兄のチームメイトの家に遊びに行った際、部屋にずらりと並んだメダルやトロフィーを目にしたそうです。
その光景に強く憧れ、
「私も本物のメダルが欲しい!」
と思ったことが競技を始めるきっかけになりました。
今ではオリンピック金メダリストとなった鏡選手ですが、実は最初からレスリングが好きだったわけではなかったそうです。
激しくぶつかり合う競技に苦手意識もありましたが、勝つ喜びを知るにつれて夢中になり、次第に競技へ打ち込むようになっていきました。
競技を始めてわずか数か月後の大会で、全国大会上位の実力を持つ選手に勝利し銅メダルを獲得。その経験が大きな自信につながりました。
自分が勝ったことで家族や周囲の人が喜んでくれる姿を見るのも嬉しかったそうで、「もっと良い色のメダルが欲しい」という気持ちが芽生えていったと語っています。
小学1年生の頃からレスリングノートに「夢はオリンピックで金メダル」と書き続けていたというエピソードからも、幼い頃から高い目標を持っていたことがわかります。
幼い頃は漠然とした憧れだった夢も、全国大会で結果を残すようになるにつれ現実的な目標へと変わっていきました。
その後、小学生時代から全国大会4連覇を達成し、中学ではJOCエリートアカデミーへ進学。夢だったオリンピック金メダルを本当に実現してしまったのですから驚きですよね。
「本物のメダルが欲しい」という小さな憧れが、世界の頂点へ続く第一歩だったのかもしれません。
さいごに
鏡優翔選手は宇都宮市立雀宮南小学校、雀宮中学校、帝京高校、東洋大学へと進学し、それぞれの環境で着実に成長を重ねてきました。
レスリングを始めたきっかけは「本物のメダルが欲しい」という素直な憧れでしたが、その思いを小学1年生からずっと持ち続け、ついにはオリンピック金メダルという夢を実現しています。
小学生時代から積み重ねてきた努力と、常に高い目標を持ち続けた姿勢こそが、世界の頂点へたどり着いた最大の理由なのかもしれません。
今後はロサンゼルスオリンピックや競技普及活動など、新たな挑戦にも注目が集まりそうですね!

