東京オリンピック柔道女子52kg級で金メダルを獲得し、兄・阿部一二三選手との「兄妹同日金メダル」でも大きな注目を集めた阿部詩選手。
柔道家としての強さはもちろんですが、その裏には家族の大きな支えがありました。
父親や母親、兄たちとの関係を見ていくと、阿部詩選手がなぜここまで強くなれたのかが少し見えてきます。
この記事では、阿部詩選手の家族構成や父親・母親・兄とのエピソード、家族に支えられてきた柔道人生について紹介します。
阿部詩の家族構成
阿部詩選手は、兵庫県神戸市出身の柔道家です。
家族構成は、父・母・兄2人・本人の5人家族です。
阿部詩選手は3人きょうだいの末っ子で、兄が2人います。
次兄は、東京オリンピック・パリオリンピック柔道男子66kg級で金メダルを獲得した阿部一二三選手です。
一般的には「阿部兄妹」として一二三選手と詩選手の2人が注目されることが多いですが、実は長男の勇一朗さんもいます。
長男・勇一朗さん、次男・一二三さん、長女・詩さんという3きょうだいで、きょうだい仲も良いようです。
阿部家は、父親が競技面や精神面を熱く支え、母親が生活面や心の支えとなり、兄たちが近くで刺激を与えてきた家族です。
阿部詩選手の強さは、本人の努力だけでなく、家族全員で支えてきた積み重ねから生まれたものなのかもしれません。
父親は消防士で元競泳選手
阿部詩選手の父親は、阿部浩二さんです。
浩二さんは神戸市で消防士として勤務している方で、柔道経験者ではありません。
柔道未経験ながら、阿部一二三選手と阿部詩選手という2人のオリンピック金メダリストを育てた父親としても知られています。
もともと浩二さん自身は競泳に取り組んでおり、国体出場経験もあるほどの選手だったそうです。
競泳では体の大きな選手に抜かれて悔しい思いをした経験があり、自分の子どもには体重別で戦える競技をさせたいという思いがあったといいます。
その考えが、阿部一二三選手が柔道を始めるきっかけにもつながりました。
詩選手は兄たちの稽古を見て「楽しそう」と感じ、5歳の頃に柔道を始めています。
ただ、父親は最初から詩選手の柔道を応援していたわけではなく、女の子だからピアノの方がいいのではないかと考えていた時期もあったようです。
それでも、詩選手は兄のまねをしたいという気持ちが強く、柔道の道へ進んでいきました。
浩二さんは柔道の専門的な技術を教える立場ではありませんでしたが、子どもたちに対してとにかく前向きな言葉をかけ続けていました。
- 「世界一になれる」
- 「次は絶対勝てる」
- 「勝つぞ」
といった言葉で、子どもたちの気持ちを奮い立たせていたそうです。
否定的な言葉ではなく、前向きな言葉をかけ続ける父親の姿勢は、阿部詩選手のポジティブなメンタルにもつながっているのかもしれません。
父親のトレーニングと応援が大きな支えに
父・浩二さんは、柔道経験こそありませんが、子どもたちのトレーニングにはとても熱心に関わっていました。
特に兄・一二三選手が小さい頃は、近所の公園などでランニングや体幹トレーニングに付き合っていたそうです。
メディシンボールを使った練習や階段ダッシュなど、消防士としての体力や自身の競技経験も生かしながら、独自のトレーニングで子どもたちを支えていました。
また、東京オリンピック前のコロナ禍では、畳の上で組み合う稽古が難しい中、父親自身も一緒に階段ダッシュをしたり、神戸に戻ってからも毎日10キロを走ったりしていたそうです。
子どもたちだけに頑張らせるのではなく、自分も苦しいことをしてプレッシャーを共有したいという思いがあったのかもしれません。
詩選手にとっても父親の存在は大きく、試合中に父の大きな声援が聞こえると安心できるほどだったと語っています。
ただ大声で応援するだけではなく、負けたときは一緒に落ち込み、勝ったときは一緒に喜ぶ。
まさに家族全員で戦ってきたことが伝わります。
父・浩二さんは「ベスト・ファーザー賞in関西」も受賞しており、授賞式には詩選手も駆けつけ、金メダルを父の首にかけて祝福しました。
子どもたちからは普段「表に出るな」と言われているそうですが、この賞については3人の子どもたちが受けた方がいいと言ってくれたそうです。
阿部家にとって、父・浩二さんは熱く、明るく、前向きに家族を引っ張る存在なのでしょう。
母親は愛さん!生活面と心を支えた存在
阿部詩選手の母親は、阿部愛さんです。
愛さんは、阿部家の生活面や精神面を支えてきた大きな存在です。
若い頃の写真がテレビ番組で紹介された際には、詩選手にそっくりだと話題になったこともありました。
母・愛さんは、神戸で喫茶店を経営していたこともあります。
しかし、詩選手が大学進学で上京した際、ホームシックになった娘を支えるため、実家で営んでいた喫茶店を閉めて東京で一緒に暮らし始めたそうです。
このエピソードだけでも、母親としての深い愛情が伝わってきますよね。
詩選手は大学進学後、親元を離れてすぐに心が不安定になった時期がありました。
お風呂場で涙が止まらなくなり、母親に電話をかけたこともあったそうです。
そのとき、母から連絡を受けた兄・一二三選手がすぐに駆けつけ、詩選手をパンケーキに連れて行ってくれたというエピソードもあります。
母・愛さんは、ただ身の回りの世話をするだけでなく、詩選手が自分のペースで話せるようにそっと見守るタイプだったようです。
詩選手は、母について「何もしていないと言いつつ尽くしてくれた」と語っています。
中学生の頃は、朝早くから通学し、練習を終えて帰るのは夜遅くなる生活でした。
そんな中で、母は毎朝車で駅まで送り、練習のためのお弁当を学校まで届けてくれていたそうです。
1日に何度も往復することもあったようで、詩選手はその姿を見ていたからこそ反抗する気持ちにはならなかったと振り返っています。
派手に前へ出るタイプではなくても、母・愛さんの支えは阿部詩選手にとって欠かせないものだったのでしょう。
パリ五輪でも母の存在が支えに
パリオリンピックでも、母・愛さんの存在は大きな支えになっていました。
詩選手は試合に向けて、母が手作りした小さな金色のクマを持参していたそうです。
金色のクマには、母の思いが込められていたのでしょう。
試合前の不安や緊張の中で、母からの手作りのプレゼントは心のお守りのような存在だったのかもしれません。
また、パリ五輪で詩選手が2回戦で敗れた際には、父・浩二さんや母・愛さんが観客席で寄り添う姿も注目されました。
衝撃的な敗戦後、詩選手は大号泣し、しばらく動けなくなるほどでした。
その後、観客席にいる両親のもとへ向かい、父や母と一緒に時間を過ごしていました。
現地では、母が立ち去ろうとする詩選手の手をぎゅっと握り、言葉ではなく動作で励ましていたように見えたというエピソードもあります。
何かを言葉にするのではなく、ただそばにいて、手を握る。
その姿からも、母・愛さんが詩選手の心に寄り添ってきたことが伝わります。
詩選手自身も、パリで負けた後、両親は何かを言うのではなく寄り添ってくれたと語っています。
かける言葉が見つからなかったのかもしれませんし、そっとしておいてほしい気持ちをくみ取ってくれたのかもしれません。
勝ったときだけではなく、負けたときも一緒に受け止めてくれる。
阿部詩選手にとって、家族はまさに一緒に人生を戦ってくれる存在なのだと思います。
兄・阿部一二三は柔道界のスター
阿部詩選手の兄として最も知られているのが、阿部一二三選手です。
一二三選手は、柔道男子66kg級で東京オリンピック、パリオリンピックを連覇した日本柔道界を代表する選手です。
阿部詩選手とは3歳差で、兄妹そろって世界のトップで戦ってきました。
2人は2018年の世界選手権で兄妹同時優勝を達成し、2021年の東京オリンピックでは同じ日に金メダルを獲得しました。
この「兄妹同日金メダル」は、日本中に大きな感動を与えました。
詩選手にとって一二三選手は、兄であり、柔道家としての目標であり、刺激を与えてくれる存在でもあります。
幼い頃は兄の背中を追いかけるように柔道を始めましたが、成長するにつれて兄妹で互いに刺激し合う関係になっていったようです。
一二三選手も、詩選手の活躍に刺激を受けてきたといわれています。
兄が先に進み、妹が追いかける。
そして、やがて同じ世界の頂点に立つ。
阿部兄妹の関係は、単なる仲の良い兄妹というだけでなく、アスリート同士として尊敬し合う特別な関係なのでしょう。
兄妹の絆が伝わるエピソード
阿部一二三選手と阿部詩選手は、競技では常に注目される存在ですが、普段からべったり一緒にいるタイプではないようです。
テレビ番組では、プライベートで2人きりで会うことはほとんどないとも紹介されていました。
それでも、いざという時には支え合う関係です。
詩選手が大学進学直後にホームシックで苦しんだとき、母から連絡を受けた一二三選手はすぐに駆けつけ、夜遅くまでやっているカフェへ連れて行き、パンケーキを食べさせて元気づけたそうです。
兄らしい優しさが伝わるエピソードですよね。
また、パリオリンピックで詩選手が個人戦で敗れた後、一二三選手は「ロスでふたりで取り返そう」というメッセージを送ったといいます。
兄自身はパリで連覇を達成していましたが、妹の悔しさにも寄り添い、次の目標へ向かう言葉をかけていました。
詩選手にとって、この言葉は大きな支えになったのではないでしょうか。
兄妹同日金メダルという華やかな結果だけでなく、苦しい時にも支え合う関係こそ、阿部兄妹の本当の強さなのかもしれません。
長兄・勇一朗さんも家族を支える存在
阿部詩選手には、阿部一二三選手のほかに、もう1人兄がいます。
長男の阿部勇一朗さんです。
阿部家は3きょうだいで、勇一朗さんが長男、一二三選手が次男、詩選手が末っ子になります。
勇一朗さんも幼い頃に柔道をしていた時期がありました。
一二三選手が柔道を始めた当初、練習に行きたくなくて泣いていたことがあり、見守り役のような形で道場に入ったとも紹介されています。
その後、勇一朗さんは柔道から別の道へ進んだようですが、家族として弟や妹を支え続けてきました。
パリオリンピックでは、両親とともに現地で一二三選手と詩選手を応援しています。
一二三選手が優勝した際には、会場で声を出しすぎて枯れてしまったほどだったそうです。
また、詩選手が敗戦後に観客席でおにぎりを食べていた場面について、勇一朗さんは両親が作ったおにぎりだったと明かしています。
そのおにぎりの具は「ゆかり」だったそうで、こうした何気ない家族のエピソードにも温かさを感じます。
テレビでは「阿部兄妹」として一二三選手と詩選手が取り上げられがちですが、長兄・勇一朗さんも含めた阿部家全体の支えがあって、2人は世界の舞台で戦ってきたのでしょう。
阿部詩は家族に支えられて強くなった
阿部詩選手の家族について調べていくと、競技成績だけでは見えてこない温かいエピソードがたくさんあります。
父・浩二さんは柔道未経験ながら、前向きな言葉と熱い応援で子どもたちを支えてきました。
母・愛さんは生活面や精神面を支え、詩選手がホームシックになった時には生活を変えてまで寄り添いました。
兄・一二三選手は、競技面で刺激を与える存在でありながら、苦しい時にはそっと支える兄でもあります。
長兄・勇一朗さんも、家族の一員として温かく応援し続けてきました。
阿部詩選手は、両親から「勝て」と強くプレッシャーをかけられた記憶はないと語っています。
それよりも、一緒に泣き、一緒に笑い、一緒に戦ってくれる家族だったようです。
この環境があったからこそ、詩選手は柔道を「好き」でい続けられたのかもしれません。
強さだけでなく、明るさや素直さ、人を惹きつける雰囲気も、家族の愛情に包まれて育ったからこそ生まれた魅力なのではないでしょうか。
さいごに
阿部詩選手は、父・浩二さん、母・愛さん、長兄・勇一朗さん、次兄・阿部一二三選手の5人家族です。
父親は消防士で元競泳選手、母親は生活面と心を支え続けた存在。
兄・一二三選手とは、兄妹でありながら世界の頂点を目指すアスリート同士でもあります。
さらに、長兄・勇一朗さんも家族として2人を支え、阿部家全体で柔道人生を歩んできたことが伝わってきました。
阿部詩選手の強さの裏には、努力だけでなく、家族の温かい支えがありました。
今後も阿部詩選手の活躍とともに、家族との絆にも注目していきたいですね。